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日本における「ろう者学」のはじまりについて
『日本における「ろう者学」のはじまり』について
「デフ・スタディーズ」はろう者に関する研究のことです。海外では「デフ・スタディーズ」を研究する大学や、授業として教えるろう学校が多くあります。
平成23年8月に開催した「デフ・スタディーズ教育コンテンツ開発」研究協議会にて参加者の1人、小林洋子氏より米国カリフォルニア州立大学ノースリッジ校におけるデフ・スタディーズ学科についての報告がありました。同大学では1983年に米国で初めてデフ・スタディーズ学科が開設されました。現在300名以上の学生が在籍し、その90%が耳の聴こえる学生で10%がろう・難聴学生だそうです。
学科にはアメリカ手話(ASL)、ASL通訳、ASL文学、ろう教育、デフコミュニティサービス、ろう文化研究などの専門課程があり、手話関連科目のほか、「ろう者の歴史」「ろう者の文学」「ろう演劇」「ろう者と法律」「デフコミュニティの動向」「ろう者と聴こえる人の文化の違い」などの科目が開設されています。
聴覚に関する科目もありますが、総じて指導するうえで重要な基本テーマとは何か、それは「人間」です。人間とはどのようなものか、言語とは何か、文化と社会とは何か、など「人間」の意味について広く深く追求していく学問として、ろう者とコミュニティに関する知識を学ぶことが主な目的であると明示されています。
この研究協議会では、米国に留学した日本人ろう者がデフ・スタディーズ関連科目の受講で大切なことを学んだという実例が報告されました。例えば、「ろう者としての自分を発見し、これから生きていく上でのヒントをもらった。」「いつも使っている手話が言語であることを再認識し、ろう者としての自信がついた。」「ろう者の文化がどういうものかを具体的に学ぶことで、ろう者を含め『人間』の多様性への理解を深められた。」「ろう者自身のことをアカデミックに学ぶことが大切である。」「自分のこれまでを振り返ってアイデンティティを見つめ直し、自分が受けてきた教育環境を客観的に捉え直すことが出来た。」といった感想が挙げられました。
このようにアメリカには様々な学びを通して、自分を見つめ直し成長できるような教育環境が存在します。それでは我が国の状況はどうでしょうか?これはアメリカとは全く異なります。
ご存知の通り、日本では、子供の頃の教育環境に満足しているろう者はごくわずかです。多くのろう者は厳しい発音訓練を受け、手話で話す機会を奪われて日本語の読み書き教育を優先した周囲からのプレッシャーに苦しみを抱えながら成長してきました。
その結果、心を許せる友達がいない、集団行動になじめない、といった様々な問題が数多く生じることとなり、聞こえない自分に自信が持てない、耳の聴こえる人に助けてもらわなければならない弱い存在である、など自身をマイナスにとらえてしまうろう者も大勢います。
ですから、大学に入ってもアメリカのようなデフ・スタディーズの指導の機会がないと、人との関わり方が分からないまま4年間を過ごしてしまい、卒業後も職場や社会において、やはり周囲との関係性がうまく築けず壁にぶつかってしまうことが往々にして起こるのです。
筑波技術大学では「聴覚障害論」「聴覚障害文化論」など、「聴覚障害◯◯」という授業科目が開設されてきましたが、名称からも手話を使うろう者の生活文化の視点が欠けていたように思います。これらの科目は平成23年度より「デフコミュニティと社会参加」「手話学」「ろう者文化論」と順次変更されており、これは世界的な流れの影響を受けています。
ろう学校でもろう者教員が主体的になり、歳月かけて作成した「365日のワークシート」が平成23年に発行されるなど、ろう学校へのデフ・スタディーズの体系的な導入の萌芽が見られます。
研究協議会において「デフ・スタディーズ」は、ろう児・学生が自分が聞こえないことと自分が受けた教育の経験を理解し、自分のこれまでを見つめ直したうえで、個人的なアイデンティティと社会的なアイデンティティを確立し、ろう者としてプライドを持って生きるための知識・学問であることが確認されました。また、「デフ・スタディーズ」を日本語では「ろう者学」という訳語で当面使用していくことも確認されました。
海外の例は他にもありますが、ニュージーランドではろう学校向けに「デフ・スタディーズ」のカリキュラムが開発されており、その内容は「コミュニティ」「歴史」「スポーツ」「芸術」「テクノロジー」の5分野にまとめられています。
これを参考に、研究協議会での議論の結果、筑波技術大学では「コミュニティ」「歴史」「スポーツ」「芸術」「テクノロジー」「手話」「教育」分野を取り上げることとしました。それぞれについてカリキュラムを開発し、リソースを整理して内容の良いコンテンツを作成し、このウェブサイト内に構築しています。
聴こえの状況や、耳が聞こえないことそのものに焦点を当てるのではなく、聞こえないことを受容し、耳の聞こえない人たちがどのようにして生きているのか、ろう者がどのような生活を送り、どのような形で社会に参加しているかを研究する学問です。
その発展と成果をろう児・学生が享受し、ろう者として生きるためのアイデンティティ確立を支援するための学問として、デフ・スタディーズ=ろう者学が日本においてさらに発展していくことを心より強く願います。
以上
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『日本における「ろう者学」のはじまり』についてご紹介しました。
「ろう者学」という言葉がどのように誕生したのか、その経緯がさらに詳しく分かる議事録等の資料をアーカイブとして保管しております。
記録データの閲覧をご希望の方は、下記までご連絡ください。
筑波技術大学 ろう者学教育コンテンツ開発プロジェクト担当
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