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「筑波技術大学の学生が語る『第44回全国ろう学生の集い』の舞台裏と未来への展望」インタビュー記事の紹介

12月16日に実施したインタビュー「筑波技術大学の学生が語る『第44回全国ろう学生の集い』の舞台裏と未来への展望」の動画と記事を紹介いたします。
筑波技術大学の学生が語る「第44回全国ろう学生の集い」の
舞台裏と未来への展望
全国の聴覚に障がいのある学生にとって、長年にわたり重要な交流と学びの場となってきた「全国ろう学生の集い」(通称:夏の集い)。1981年の第1回開催以来、今回で44回目を迎えたこの歴史あるイベントは、大学生活を送る中で直面するさまざまな問題の解決、知識の獲得、そして全国の学生同士の交流を目的としています。分科会では、社会で活躍するろう当事者や研究者らが登壇し、参加者の価値観を揺さぶり、新たな知識や経験を培う機会を提供しています。
今回は、第44回全国ろう学生の集いの実行委員会として活躍された筑波技術大学産業技術学部の学生4名、麻生直秀さん(2年)、川島琉武さん(3年)、久保雅翔さん(3年)、山地輝さん(3年)に、実行委員長を務めた藤井太陽を交えて、その経験と「ろうコミュニティ」への想いを伺いました。
Q.全国各地にいるろう学生と交流したい場合はどのような手段を使いますか。
令和5年度(2023年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障がいのある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書(独立行政法人日本学生支援機構,2023)によると、2,183人の聴覚障害学生が存在しており、支援を受けているのは1,467人というデータがあります。しかし、このデータから彼らの学生生活がどこまで充実しているかどうかはを把握することは困難です。そこで、全国各地にいるろう学生たちが出会い、学校生活などお互いの状況を共有する手段の1つとして全日本ろう学生懇談会(Japan Deaf Students Association)(通称:全コン)があります。本会では、聴力のレベルを全く問わず、聴力に障がいを持った学生を「ろう学生」と呼び、全国各地からろう学生が集まって交流する場でもあり、ろう学生を中心に活動する場もあります。
◎全日本ろう学生懇談会(Japan Deaf Students Association)(通称:全コン)

出典:全日本ろう学生懇談会.https://www.zenkon.org(参照2024年12月2日)
本会は、日本で唯一の高等教育機関に在籍するろう学生当事者を中心に構成される全国的組織であり、全国各地にいるろう学生の明るい未来を創造する役割を持ちます。全日本ろう学生懇談会(旧名:全日本聴覚障害学生懇談会連合)の始まりは、1959年に設立された「近畿ろう学生懇談会」です。次いで1962年に「関東聴覚障害学生懇談会」、1985年に「東海聴覚障害学生懇談会」が設立されました。その後、全国的な組織を求め、ろう学生同士の連携を図るため、1997年に「全日本ろう学生懇談会」が設立されました。現在、全日本ろう学生懇談会は、全国各地に支部をおき、さまざまな活動を行っています。
現在:東北ろう学生懇談会、北信越ろう学生懇談会、関東ろう学生懇談会、東海ろう学生懇談会、近畿ろう学生懇談会、中国ろう学生懇談会、九州ろう学生懇談会
休部:北海道支部、四国支部、沖縄支部
◇全コン三本柱
・独りぼっちのろう学生をなくそう
全国のろう学生が親交・意見交換を深めることができる場を設けるとともにそれぞれの人生を充実したものにするという目的を持ちます。
・聴く権利、学ぶ権利
大学・社会等における情報保障や知識の向上を目的としてそれについて学び、情報交換・意見交換を行うという目的を持ちます。
・社会変革
社会をろう学生にとって過ごしやすいものに変えていくことを目的とする。また、社会に適応し、開拓していく意欲を身に着けることを目標として経験を積むという目的を持ちます。
◇全コンの組織:三役、会計部、広報部、集い部、研究部の5つあります。
◇全コンの事業:海外研修事業、ろう学校交流事業、集い事業、会報事業、グッズ販売事業、情報保障関連、全日本ろう学生懇談会会員の集いなどがあります。
◎全国ろう学生の集い(通称:夏の集い)
1981年に第1回目が開催され、今回で44回目を迎えました。1977年に行われた合同合宿が集いの始まりとされています。第1回〜第17回は全国聴覚学生の集い、第18回以降は全国ろう学生の集いとして開催されました。
※第15回の全国聴覚学生の集いで初めて厚生労働省(旧名:厚生省)から後援をいただきました。
この集いは、全国の高等教育機関に在学する学生を取り巻く様々な問題を解決し、学生としての知識を得るための議論と研究、これに伴う情報交換を行います。また、学生の祭典、本会の目的に沿った活動の表明の場として全国の学生同士の交流と意見交換を図ります。この全国ろう学生の集いは会員、非会員、高校生、大学生、大学院生、専門学生、社会人、ろう者、聴者などが参加できるイベントの1つになっています。分科会は社会で活躍されているろう当事者や研究に関わっている聴者などを招いて、参加者自身の価値観を広げ、知識や経験を培うという目的があります。
◇これまでの全国ろう学生の集い(通称:夏の集い) 主管支部と開催地
第1回 1981年 主管支部:関東 場所:東京
第2回 1982年 主管支部:近畿 場所:京都
第3回 1983年 主管支部:関東 場所:神奈川
第4回 1984年 主管支部:近畿 場所:兵庫
第5回 1985年 主管支部:関東 場所:静岡
第6回 1986年 主管支部:近畿 場所:兵庫
第7回 1987年 主管支部:関東 場所:東京
第8回 1988年 主管支部:近畿 場所:京都
第9回 1989年 主管支部:関東 場所:神奈川
第10回 1990年 主管支部:近畿 場所:京都
第11回 1991年 主管支部:関東 場所:東京
第12回 1992年 主管支部:近畿 場所:京都
第13回 1993年 主管支部:関東 場所:東京
第14回 1994年 主管支部:近畿 場所:京都
第15回 1995年 主管支部:関東 場所:東京
第16回 1996年 主管支部:近畿 場所:京都
第17回 1997年 主管支部:東海 場所:愛知
第18回 1998年 主管支部:関東 場所:東京
第19回 1999年 主管支部:九州 場所:福岡
第20回 2000年 主管支部:近畿 場所:大阪
第21回 2001年 主管支部:東海 場所:愛知
第22回 2002年 主管支部:北海道 場所:北海道
第23回 2003年 主管支部:九州 場所:大分
第24回 2004年 主管支部:近畿 場所:京都
第25回 2005年 主管支部:東海 場所:愛知
第26回 2006年 主管支部:関東 場所:栃木
第27回 2007年 主管支部:近畿 場所:京都
第28回 2008年 主管支部:東海 場所:愛知
第29回 2009年 主管支部:関東 場所:山梨
第30回 2010年 主管支部:近畿 場所:京都
第31回 2011年 主管支部:関東 場所:栃木
第32回 2012年 主管支部:東海 場所:愛知
第33回 2013年 主管支部:北信越 場所:長野
第34回 2014年 主管支部:近畿 場所:京都
第35回 2015年 主管支部:関東 場所:栃木
第36回 2016年 主管支部:近畿 場所:京都
第37回 2017年 主管支部:東海 場所:
第38回 2018年 主管支部:関東 場所:山梨
第39回 2019年 主管支部:近畿 場所:滋賀
第40回 2020年 主管支部:関東・東海 形式:オンライン
第41回 2021年 主管支部:関東 形式:オンライン
第42回 2022年 主管支部:近畿 形式:オンライン
第43回 2023年 主管支部:東海 場所:愛知
第44回 2024年 主管支部:関東 場所:山梨
出典:全日本ろう学生懇談会.https://www.zenkon.org(参照2024年12月2日)
参考文献
・全日本ろう学生懇談会.https://www.zenkon.org(参照2024年12月2日)
・独立行政法人日本学生支援機構.令和5年度(2023年度)障がいのある学生の修学支援に関する実態調査. https://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_shogai_syugaku
/__icsFiles/afieldfile/2024/08/14/2023_houkoku_2.pdf.(参照2024年11月11日)
○実行委員に立候補した理由と「全コン」との出会い
実行委員に立候補した理由について、会計を担当した久保雅翔さんは、2年前の全日本ろう学生懇談会(全コン)会計部でのサポート経験がきっかけだったと語ります。「関東支部が主管となることで、これまでの経験を活かしたいと思いました」と意欲を見せました。広報を担当した山地輝さんは、関係者からの誘いを機に、「この1年で企画を立てたり交流を深めたりする経験をしたい」と考え、挑戦を決意したと語ります。同じく広報の麻生直秀さんは、以前から夏の集いに興味があったものの、友人からの誘いが最後の後押しになったと明かしました。生活・企画係の川島琉武さんは、先輩が実行委員を務めていたことや、夏の集いの長い歴史が途絶えないようにという思いから立候補したと語りました。
全コンとの出会いのきっかけは皆それぞれです。「第42回夏の集いオンラインに参加したのがきっかけ」と話す久保さんに対し、山地さんは関東支部の歓迎会企画で「様々な人との繋がりや交流ができる」という魅力に惹かれ会員になったそうです。麻生さんは中学部時代から「ろう」「手話」について調べるのが趣味で全コンの存在を知り、大学生になって念願の入会を果たしました。川島さんは、会員限定の「会員の集い」に参加したことで、全国の学生との交流の楽しさに気づき、全コンを知ったと話しました。
○仕事内容とやりがい、そして困難の乗り越え方
各担当の具体的な仕事内容
久保さん(会計)は、参加費・宿泊費の徴収・管理、予算案の作成・確認、実行委員への予算共有が主な業務でした。「予算案の作成は、基本一人で回していたので記載漏れや計算ミスがないか確認するのが大変でした」と苦労を語ります。
山地さん・麻生さん(広報)は、ウェブサイトやInstagram、X(旧Twitter)などのSNSでの情報発信、持ち物の共有、パンフレット作成(案内・当日用)、当日の写真撮影、報告集の作成など多岐にわたる業務を3人体制で担当しました。麻生さんは特にパンフレット作成に力を入れたそうで、「必要な情報を漏れなく記載し、配布しました」と振り返りました。
川島さん(企画・生活)は、4日間のアイスブレイクや交流企画の立案・時間配分調整、参加者が安心して過ごせるよう生活面(食事など)のサポート、そして「セーフスペース※1」導入という新たな試みにも挑戦しました。
セーフスペース※1
「一人ひとりが安心して自分らしくいられる場。」
例えば、少しだけ1人で落ち着きたいけれどその機会がなかったり、自分の話を聞いてくれそうな相手がいなかったりするときににセーフスペースは、実行委員会があなたの話に耳を傾けたり、一人で安心して休める場所を提供したりすることで、参加者をサポートするなどを行います。
やりがいを感じた瞬間
やりがいについて問われると、久保さんは「1年ぶっ通しの準備を経て、参加者の喜ぶ顔を見られたこと」を挙げました。会計として参加者から相談を受け、「ありがとう」と感謝された時も喜びを感じたそうです。
山地さんは、SNSに投稿した自己紹介や会議の様子の動画に反響があったこと、そして「SNSを通して全国の人に集いのことを知ってもらえるよう工夫したこと」にやりがいを感じたと話しました。
麻生さんは、自身のイラストやパンフレット作成を通して、実行委員の意見を形にする難しさとともに、「参加者から『この絵いいね』『最高/かっこいい』と言われたり、ステッカーが完売したりしたとき」に大きな達成感を得たそうです。
川島さんは、準備段階でのイメージの難しさを挙げつつも、「参加者から『楽しかったよ』『良かったよ』という言葉をいただいたこと」が何よりのやりがいだったと語りました。
大変だったことと乗り越え方
会計の久保さんは、やはり「予算案の作成」が一番大変だったと強調しました。「記載漏れや計算ミスがないか一つずつ確認しなければならず、ヒヤリとする場面もあった」と語りましたが、「集い三役(実行委員長、総務、会計)の最終確認があったからこそミスなく報告できた」と、チームでの多重チェックの重要性を実感したそうです。
山地さんは、月に1、2回行われる「全体会議への参加」が特に大変だったと振り返ります。「実行委員10人のさまざまな意見を読み取るのが大変でした。ろう者だけの会議に参加する経験がなかったため、最初の会議では情報量や手話の読み取りに苦労し、疲れて寝てしまったこともありました」と笑顔で語り、「それでも、わからないことがあったらすぐに質問や確認をすることで内容を理解し、良い会議に参加できた」と、困難を乗り越えた経験を語りました。
川島さんは、「2つの担当を並行しつつ、大学やテスト、日常生活を問題なくこなしていくバランスを取ること」に苦労したと語ります。「一方を優先した結果、もう一方で迷惑をかけてしまうといったことがしばしばありました」と、仕事と生活の両立の難しさを明かしました。麻生さんは、初対面の実行委員との「距離を縮めること」が大変だったと話しました。「聞きたいことがあるけど質問するのに躊躇してしまう時期がありましたが、少しずつ慣れることで、わからないことはすぐ聞いたり、思ったことをはっきり言ったりできるようになりました」と、コミュニケーションの重要性を語りました。
また、共通の意見として「会議時間の長さ」が挙げられました。「全体会議は月に1回でしたが、朝から夜まで議論したり準備したりすることが当たり前でした」と川島さん。麻生さんは「学生だけなので、誰かが引っ張ってくれる存在がいない分、自分から動かなければならないという感覚でした」と、自律的な行動の必要性を感じたようです。
○身についたスキルと知識、そして最も大切にしていること
身についたスキルと知識
今回の経験を通じて、さまざまなスキルや知識が身についたと語る4人。
山地さんは「期限を守ることの大切さ」を痛感したと話します。「大学の課題の締切と違い、仕事では参加者への情報提供が遅れたり、実行委員に迷惑をかけたりしてしまう。人に迷惑をかけたことをきっかけに、期限を守るという心構えが身につきました」と、仕事への責任感を語りました。
久保さんは、苦手だった「日本語での文章作成能力」が向上したことを挙げます。「参加者へのメール作成など、敬語や謙譲語、適切な言葉遣いに苦労しましたが、指導や修正を重ねることで、以前と比べて文章力が高まったと思います」と、実践を通じた成長を実感したようです。
麻生さんは、「自己満足ではなく、『参加者に喜んでもらえるように』という考える力」が身についたと話しました。「第44回夏の集いの雰囲気や特徴(手話=色)などのイメージに合わせて絵に表すことができました」と、クリエイティブな表現力も磨かれたようです。
川島さんは「交渉力」と「積極的に人と関わるスキル」の重要性を挙げました。「講師との打ち合わせで共通の話題を見つけ、話を続けていく力は交渉力に関わる」と、コミュニケーション能力の重要性を説きました。麻生さんも「予想外の出来事に対する対応力」が身についたと語り、「参加者からの質問に正確に答えたり、分からない場合は他の実行委員に聞いてすぐ伝えたりするなどの対応力も身につきました」と、臨機応変な対応力をアピールしました。
また、麻生さんは「相手を分析する力」も身についたと付け加えました。「得意なことや苦手なことを見極め、相手に合った仕事を上手く分けるためには、この力が必要になる」と、チームでの協働における洞察力の重要性を語りました。
最も大切にしていること
仕事をする上で最も大切にしていることとして、久保さんは「メール対応などの連絡と共有」を挙げました。「参加者や講師、全コンからの問い合わせに早めに返信しないと次に進められない。人任せにせず、実行委員に共有し、積極的に返信することで、お互いに納得できる面がありました」と、迅速な情報共有の重要性を強調しました。
川島さんは、「参加者に不安を与えないよう、明るい顔で対応すること」を大切にしていたと話しました。「本番前は睡眠不足で疲労困憊でしたが、顔作りというか、参加者を楽しませようという気持ちがあることで、自然に明るい顔になれたと思います」と、プロ意識を覗かせました。
麻生さんは、「自分がやると決めた仕事は、中途半端にしないで最後まで責任をもって終わらせること」を一番大切にしていたと語りました。
山地さんは2つの点を挙げました。1つは「参加者がいることを忘れないこと」、「自分の目線ではこれで構わないと思っても、参加者がどう感じ、どう期待しているかを想像した上で仕事をすることが大切だ」と、参加者目線を重視しました。2つめは「人間関係における公私混同をしないこと」。「プライベートな関係と仕事の関係は全く別物であり、区別ができないと仕事に影響を与えてしまう」と、社会人としての意識の重要性を語りました。
○実行委員経験がもたらした大きな変化と「ろうコミュニティ」への期待
実行委員になってからの大きな変化
実行委員になってからの大きな変化について、川島さんはInstagramの投稿による「反響の大きさ」を挙げました。「実行委員のサインネームを真似する人が増え、期待されていると実感しました」と、影響力の広がりを喜びました。
司会の藤井は「ろうコミュニティの深い部分に入れたこと」を自身の変化として挙げ、「これまで連絡を取らなかった先輩と会う機会が増えたり、知っている人との会話が深まったりしました」と、人脈の広がりを実感したようです。山地さんも同様に「ろうコミュニティとの繋がり」を挙げ、「これまで知らなかった自分を発見でき、さらに成長できた」と語りました。
麻生さんは「経験を経て成長したこと」が大きな変化だと述べ、「経験したからこそ話せるネタが豊富になり、他の人から感想をいただけるようになった」と、自身の引き出しが増えたことを喜びました。
また、筑波技術大学の学生として、この経験をどう活かしたいかという問いに対し、麻生さんは「様々な背景を持つろう者や難聴者とのコミュニケーション能力」が向上したと話しました。「お互いが心地よい会話をするためにはどうすればいいか考える経験ができた」と、多様性への理解を深めたようです。山地さんは「第44回夏の集いで経験したことを技大で行われる様々なイベントや活動に活かしていきたい」と意欲を見せました。川島さんは、自身の経験を「活かす」だけでなく、技大の学生たちに「話す」ことで、今後の活動やイベントをより円滑に進めるためのヒントにしたいと語りました。「学生会をもう一度立て直すといった活動にも、これまでの経験を活かせる」と、具体的な展望を語りました。
今後のろうコミュニティへの期待
今後のろうコミュニティに何を期待するかという問いに対し、山地さんは、InstagramなどのSNSを通じて「様々なコミュニティに気軽にアクセスできること」への期待を語りました。川島さんは、SNSの普及によりこれまでのろうコミュニティの繋がりが薄れてしまう懸念も示しつつも、「これからの新しいろうコミュニティの形は、SNSとも深く関わってくるのではないか」と、変化の可能性を指摘しました。
麻生さんは、「若いろう者がさらに活躍できるような、活気のあるコミュニティが新たに生まれてくること」に期待を寄せました。2025年のデフリンピック開催にも触れ、若い世代がロールモデルとなり、コミュニティを牽引していくことへの期待を語りました。
山地さんは、人工内耳を使う児童生徒が増えている現状に触れ、「そういった方々が、夏の集いや全コンのような既存のコミュニティとどのように繋がっていくのか」に関心があると述べ、今後のコミュニティの発展の重要性を強調しました。
川島さんは、自身にとってのろうコミュニティは「手話で安心して話せる『居場所』であり、いつでも『ただいま』と帰れるような場所」であると語りました。「技大もそういった場所の一つですが、一つでもそういう風に感じられるコミュニティに所属していることが、すごく大切なのではないか」と、居場所の重要性を強調しました。地域社会におけるろうコミュニティの現状と課題について、筑波技術大学教員、ろう当事者でもある小林洋子先生からは、ろう協会や手話サークルの参加者減少への懸念が示されました。これに対し川島さんは、「ろう運動の成果により、日常生活で困ることが以前よりずっと少なくなったことで、『もうろう運動をする必要はないのではないか』という感覚に至る人もいるのではないか」と、変化の背景を分析しました。しかし、司会の藤井は「現状の社会にはまだまだたくさんの課題がある」と述べ、若いろう者が積極的に地域のコミュニティに関わっていくべきだと強調しました。小林先生からは、手話通訳者の減少や若い通訳者の不足といった課題も挙げられ、「若いろう者たちからも、手話通訳を使う機会を積極的に増やしたり、電話リレーサービスなどを活用したりといった形で、ぜひいろんな形で働きかけていってほしい」と、若い世代への期待が語られました。
○後輩へのメッセージ
最後に、後輩や筑波技術大学にこれから入学する学生に向けて、温かいメッセージが送られました。
久保さん:「自分が『これをやってみたい』と思うことには、ぜひ積極的にチャレンジしてみてください。行動を起こさない限り、何も変わらないということを心に留めておくと、色々な可能性が広がっていくはずです」
川島さん:「技大のコミュニティだけでも十分に過ごせるかもしれませんが、もう一つ、あるいはいくつかのろうコミュニティに繋がっておくという選択肢を持つことが、すごく大切です。何か困ったことや大変なことがあったときに、そういった別のコミュニティが大きな助けになることがあります」
山地さん:「技大のコミュニティももちろん大切ですが、それに加えてもう一つ、あるいはいくつか別のろうコミュニティにも関わってみることで、新たな発見があったり、いつでも安心して帰れる場所ができたり、新しい友達と出会えたりと、たくさんの良いことがあります。そうやって、自分にとっての『居場所』をいくつか作っていくことを、ぜひ大切にしてほしいです」
麻生さん:「経験は何よりも価値があり、一生涯の宝物になります。大小問わず、たくさんの経験を積んでいくことが大切だと思います」
司会の藤井は、「もしどのろうコミュニティに入ろうか迷っている方がいたら、ぜひ一度、筑波技術大学に来てみてほしい。そして、そこから自分にとって心地よい、いつでも『ただいま』と言えるような居場所となるろうコミュニティを探してもらえたら」と、未来のろう学生たちにエールを送りました。
今回のインタビューを通じて、筑波技術大学の学生たちが「全国ろう学生の集い」の実行委員としての活動を通じて、多岐にわたるスキルを習得し、人間的に大きく成長したことが明らかになりました。彼らの経験は、これからの「ろうコミュニティ」をより豊かで魅力的なものにしていく原動力となるでしょう。
作成担当:藤井太陽
インタビュー日時:2025年12月16日
動画:URL
※第44回全国ろう学生の活動様子は下記にあるInstagramのURLをご参照ください。



